読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

介護士のリアル

介護士を応援したくて始めたブログで、介護の現場に関するリアルな情報提供をコンセプトにしています。メインライターは介護福祉士の資格を持つ介護業界20年以上のキャリアを持つ向日葵さん。仕事で悩んだ時の介護士さんのサプリになるよう体験談も掲載しています。

学歴に影響される介護福祉士の給料。専門卒女性の給料に対する不満

介護の仕事に夢や目標を持って就職しても、色々な事情で辞めていく人が多い介護の現場。私自身、それぞれの事情により職場を去っていく人を過去に何人も見送ってきました。

まして介護を受けていた高齢者にとっては、信頼していた職員と別れる寂しさは、きっと計りしえないものだと思います。

介護職以外の仕事でも、もちろん退職や転職を考えることはありますが、特に介護職の退職、転職による人手不足の現状が、日々話題となっています。

こうした中、実際に介護職から離れた人、また同じ介護関係の職場の中で転職を繰り返す人、また復職を果たした人達の事情を少し伝えられたらと思います。

今日は、仕事の労力と給料に関する悩みがある女性職員の話を紹介したいと思います。

介護職として新規採用された女性職員

彼女は福祉の専門学校を卒業し、介護福祉士として福祉の施設に就職しました。

本人は、専門学校で学んだことだけではなく、自分自身の祖父の介護の経験を仕事に活かしていきたいと、はっきりとした意思をもっていました。

施設系の仕事は、日勤だけでなく早番、遅番、夜勤等のローテーションの勤務体制でしたが、どの時間帯に出会っても彼女は笑顔で利用者の対応をし、その姿がとても印象的でした。恐らく彼女自身も、やりがいを持って働いていたのだと思います。

同じ仕事をしているのに…

ところが、ある出来事をきっかけに、本人の表情や態度に変化が見られ始めました。

勤めていた施設は、新しい施設でもあったため、彼女と同年代の介護職員が多く働いていましたが、数か月が過ぎた頃、その中からリーダーとしての役割を担う職員が何人か任命されたのです。

その時に選ばれた職員は、全員4年制の福祉系大学卒の職員でした。

これが現実なのか?

後から聞いたのですが、本人の話によると、同じ仕事をしているのに、初任給の時点で既に5万円もの差があったと。そしてこの給料の差は、この先も縮まることはないのだろうかという思いをずっと抱えてきたようです。

給料の事は別としても、彼女の頑張りは、ほかの誰よりも介護を受ける利用者が理解していたと思います。しかし、利用者に対する思いだけで、このまま仕事を続けていく事に不安や不満を感じ始めたのでしょう。

しばらく頑張っていましたが、その後、彼女はこの施設を退職し、自分が納得できる職場探しを始めたと聞きました。

まとめ

どの職種においても、まだまだ学歴が重視されることが多い日本の社会。どんなに介護職としての力量や感性があっても、本人の努力だけでは変えることができない職場側の事情が、そこにはあるのだと痛感しました。

80歳代前半の独居の男性の訪問介護の緊急対応で私が学んだこと

在宅系サービス、施設系サービスそれぞれに、仕事の中で緊急対応が必要な場面にに遭遇することもあるかと思います。

利用者によっては、緊急制があることが想定される場合には、日頃から緊急時の対応について検討されていることでしょう。 しかし、時には突然、緊急の事態に対応をしなければならない場合もあります。 今日は、80歳代前半の独居の男性を担当した時の話です。

80歳代前半の独居の男性

一軒家に住み、週2回のデイサービスと配食サービスを利用しながら生活していました。その利用者宅にケアマネとして訪問した時のことです。

訪問時に応答がない…

訪問の約束は事前にしていましたが、インターホンを鳴らしても応答はなく、その場で電話もしてみましたが出る気配もなし。

玄関の鍵も閉まっていることが確認できたため、急な外出なのかもしれない?と思いながら、一度職場に戻りました。

利用者の性格から不安がよぎったので再訪問

この利用者の男性は、几帳面な性格で約束を忘れたことがなかった為、不安がよぎり職場に状況報告をした上で、夕方再訪問しました。

玄関だけでなく裏の勝手口の方までまわってみたところ、エアコンの室外機が回っていることに気がつきました。また、日中は明るくて気が付きませんでしたが、部屋の電気がついていることも確認できました。

ちょうどその時、お弁当の配達担当者と出会いました。担当者はいつも通り勝手口にまわり、鍵のかかっていない勝手口のドアを開け、名前を呼びかけました。

勝手口から中をのぞくと、電気がついた台所は、暖房により非常に暑い状態になっていましたが、その場所で本人の所在を確認することはできませんでした。

昨夕の利用者の様子

お弁当の配達担当者曰く、昨夕この場所で、お弁当を本人に手渡したが、特に変わりはなかったとのこと。勝手口付近には、昨日のお弁当の容器がきれいに洗って置かれていました。

やはり、ただごとではないと判断!

すぐ職場に連絡し、遠方に住む娘さんの了解を得た上で、かけつけた職員と2人で室内に入り、浴槽内で本人の姿を見つけました。

緊急時には、決してひとりで自宅内に入らないことだけは、過去の経験でしっかり頭に入っていたのですが、本人を見つけた時点で、私は救急車でなく警察を呼んでいました。

その後、長時間警察の事情聴取を受けることになりました。その時に「どうして救急車でなく、警察を呼んだのか」と、厳しく追求されました。

介護士が判断していいことと、とるべき行動

どのような状態であったとしても、「その時点で亡くなっていることが確認されていない以上、救急車を呼ぶのが原則である」と、つらい経験の中でまたひとつ学びました。

まとめ

本人はいつものように食事をし、その後大好きだったお風呂に入り、そのまま浴槽内で心不全により亡くなられたと、娘さんから連絡をいただきました。

訪問介護の生活援助サービスではトラブルが絶えない

介護保険の中でよく問題になるのが、訪問介護の生活援助サービスです。

介護保険サービスは「自立支援」を意識したケアプランやサービス提供が求められますが、訪問介護の現場では様々なトラブルが多い現状です。

本来ケアマネージャーの立てる介護サービス計画に基づき、訪問介護の計画も立てられているので、それに沿った支援が行われれば、誰がやっても同じ援助が提供できることになるはずですが…。

ヘルパーにお任せしてはいけないの?

長年生きて来られた人生経験豊かな高齢者。

「ヘルパーが入っているのに、何故やってもらってはいけないのか?」「お金を支払っているのだから、やってもらうのは当然」と、なかなか利用者に理解してもらえないこともあります。今回はヘルパーと一緒に料理を作ることが生活援助サービスの利用者のことです。

1戸建て住宅に住む70代後半高齢者夫婦

夫婦ともに要介護1の認定を受けデイサービスとヘルパーによる生活援助のサービスを受けている利用者。

妻は軽度の認知症により、得意だったはずの料理の手順がわからなくなり、意欲低下も見られてきたため、ヘルパーと一緒に料理作りの援助をプランに入れました。

それにより、ヘルパーの声かけや見守りがあれば、食材を切ったり、料理の味付けや飾りつけ等まで自分で出来るようになり、別居の娘さんもとても喜んでいました。

しかしある時、ヘルパー事業所から担当のヘルパーが交代となり、新しいヘルパーから、援助時間が足りないとの報告があったと連絡を受けたのです。

援助時間が足りない理由

今回の利用者宅での援助内容は、昼食と夕食の調理支援のみだったため、時間的には問題ないように思いましたが、状況を確認するため、訪問介護責任者とともに訪問しました。

その中で、援助時間が足らなくなる事情が確認できたのです。

ヘルパーの訪問は10時開始でしたので、その時間に合わせて訪問すると、何と夫婦仲良く遅い朝食中。

また、キッチンをのぞくとさらにビックリ!

この家のキッチンにはシンクが2つあり、そのシンク内には何食分か、使ってそのままの食器が山積みに入っていました。

前任のヘルパーは、どうやら本人達の朝食の間に、そのシンクにたまった食器を洗い、食後きれいに片付いたキッチンで本人に対しての調理支援を行っていたのです。

今回は、妻や娘さんとも話し合いをし、ヘルパーの訪問前に食事を済ませ、食器も必ず洗っておくことで了解を得ました。

生活援助を受ける前の生活スタイル

娘さんの話では「我が家には昔から家政婦さんがいて、母は料理をすることは好きでしたが、それ以外の家事は、みな家政婦さんがやってもらっていた」とのこと。

恐らく妻は、自分で出来る能力がある時代から、家事全般の援助を受けていたため、ヘルパーに何でもやってもらってよいと思っていたようです。

まとめ

「自立を支援する」ということの難しさをとても感じました。

その後、食器洗いは妻が行い、食器拭きが、夫の新たな役割として追加されることになったのです。

ショートステイ(短期入所生活介護)を外出が楽しみな87歳の女性に提案

在宅サービスの中に、ショートステイという短期の期間、入所ができるサービスがあります。

一般的にショートステイ(短期入所生活介護)は、介護者の病気や外出等の緊急な理由で利用したり、介護負担の軽減や休養を図る目的でプランに組み込むことが多いと思います。

しかし、私はこういった介護者側の理由だけでなく、利用者のためになる違う目的からショートステイ(短期入所生活介護)を利用することも多々ありました。

外出が困難な87歳女性

1戸建て住宅に住む87歳女性、長女と1軒家で暮らしていたケースもその一例です。

自宅で転倒し骨折、その後下半身麻痺となり、自宅内での生活を余儀なくされていた方でした。

室内は、住宅改修や福祉用具の活用により、車椅子を使用しながら、ベットから離れた生活ができるまでに改善していました。

しかし、室内から玄関に出るまでの長い廊下の狭さと、玄関から外に出るまでの間の厳しい段差や階段等の問題が、定期的な外出を困難にさせていました。

もともと外出することが、唯一の楽しみでしたので、何とか外出の機会を作ってあげたいと、同居の娘さんや住宅改修業者間で、何度も検討を重ねましたが、なかなか結論が出ないまま時が過ぎていきました。

そんな中、季節が移り変わり桜の開花の時期が近づいてきました。

「桜の花を見せたい!」ショートステイを提案

本人に、何とか大好きな桜を見せてあげる方法はないかという、娘さんや在宅でのサービス担当者の強い思いから、ショートステイ(短期入所生活介護)をケアプランに入れました。

ショートステイ(短期入所生活介護)に入所する日には、遠方に住む2人のお孫さんの力も借りることができ、安全に本人を自宅から出す手段を確保した上で、無事2泊3日のショートの利用が可能となったのです。

そして、利用者はショートステイ(短期入所生活介護)に入所中、施設周辺に咲く満開を迎えた桜を本当に満足そうに眺めていました。

その後も、つつじや紫陽花の咲く時期に合わせ、まわりの力を借りながら、ショートステイ(短期入所生活介護)を利用し大好きな花を見ることができたのです。

ショートで働く介護職員の皆さんにも、自宅での本人の状況を伝えていただけに、こうした思いをしっかり受け止め、対応していただきました。

まとめ

その後、間もなく他の病気が見つかり、翌年の桜の花を見ることなく、自宅で最期を迎えました。

自宅には、大好きな花に囲まれて嬉しそうに笑う本人の写真が飾られていました。

桜の咲く季節は、1年のうちのほんのわずかな時期。

あの日に見た桜、この利用者はどのような思いを寄せたのでしょうか。

毎年桜の花が咲くたびに、一緒に桜を見たたくさんの利用者の事を懐かしく思い出します。

通所介護を拒否する80代の独居女性

介護保険スタート以降は混乱が続いていたものの、しばらくすると自宅に訪問するサービスだけでなく、デイサービスやデイケアなど、通所系のサービスの需要も増えました。

通所系のサービスは、利用者本人への支援であると同時に、介護者の負担の軽減にもなると考えられ、ケアマネの作成するプランに組みこむことが多くなっています。

それぞれの通所施設も「うちの施設にはこんな特徴がある!」という強みがあり、その情報や利用者の状況、希望等をもとに、施設選びをしています。

しかし、どんなに利用者のために通所サービスが必要であると考えても、通所の利用自体に消極的だったり、頑なに拒否をする利用者もいるため、非常に苦労することがあります。

80代のベテラン看護師出勤!

看護師として、長年大学病院に勤めていた80代の独居女性。

ここ数年間、外出する機会が減り、認知症の診断を受けてから、さらに自宅に閉じこもりがちの生活になっていて心配だと、別居の娘さんから相談がありました。

本人は、長年看護師として活躍していたことが自慢で、訪問の度に看護師時代の話をしてくれました。

本人自身、日常の生活に何の不安も感じていませんでしたが、常時敷きっぱなしの布団の上で、日中も寝たり起きたりの生活が続いていました。

本人が、日中活動的な生活をすることを目標に、デイサービスの利用を本人に提案しましたが「私が通う場所ではないわ」と、予想とおり拒否。

そこで、利用予定のデイサービスの相談員と一緒に自宅を訪問した際、「うちの施設で看護師として働いてもらえないでしょうか?送り迎えも昼食もつきます。」と、相談員から話をきり出しました。

すると、今まで関心さえ示さなかった本人が「送り迎えがあるなら、働いてもいいわよ。」と即答!

それを機に、本人の送迎つきの職場出勤がスタートしました。

まとめ

その後、「私、時々働きに出かけてるの。そこで血圧を測ったり、色々と病気の相談にのったりしてね。忙しいけれど、病院まではちゃんと送り迎えがしてくれるから心配いらないわ。」

娘さんからかかってきた電話に、うれしそうに話をしていました。

本人にとっては、デイサービスに通っているという認識はなく、毎回看護師として、楽しそうに職員や他の利用者と交流する姿がそこにはありました。

また、そこには職員の皆さんが自分達の血圧を測ってもらったり、健康のことや病気のことを質問したりなど、楽しく過ごせるよう細かい対応がありました。

そのことにより、毎回休むことなく通い続けられ、結果として本人の意欲の向上にもつながっていったのです。

通所の職員の皆さんの演技力と、何とか利用につなげたいという意気込みに、頭が下がりました。

訪問介護の現場で活躍する男性ヘルパー

介護保険が開始された1年後、私はケアマネージャー業務に専念したいという理由から、公的機関を退職し民間の居宅介護支援事業所に転職しました。

転職後は、利用者支援を通して、様々なサービス事業所やその現場で働く介護職、医療職の皆さんとの関わりが始まりました。

介護職の現実

介護の現場は、精神的にも肉体的にも本当に大変ですが、それに代えられないくらい貴重な経験ができる場でもあると常に感じていました。

しかし、介護職の方の中には、どんなに良い職場であると思っていても、またやりがいがあると仕事で感じていながらも、やむを得ない事情から離職せざるを得ない現実もあったのです。

それまで、公的な機関で守られて働いてきた私にとって、民間のサービス事業所の厳しさや、そこで働く人達の苦労を実感する日々でもありました。

そんな介護の現場で働く人達との交流やエピソードを今回お話できればと思います。

ケアマネとして初回訪問

10年以上自宅で、妻が介護をしている85歳男性(要介護5)利用者のケアマネを担当することになり、初回訪問しました。

介護保険制度が始まって間もない頃で、それまでサービスの利用を受けたこともなく、他人を自宅に入れるのは本当に久しぶりと妻の言葉。

畳の部屋には、薄い布団が敷かれ、そこに寝ていた利用者である夫の姿を見て、思わずびっくり!

髪の毛は固く鳥の巣のようになり、顔も手足も墨を塗られたかのようにすすけて、顔色も確認ができないほど。

また、手足の爪に至っては、魔女の爪のように数センチ近くも伸びきっていました。

寝たきり状態になってから医者にかかることもなく、妻の自己流の介護で、ひどい床ずれも治してきたとのことでしたが、介護もすでに限界に達していました。

ヘルパーを入れて、夫の介護の支援をすることができると伝えたところ「男性のヘルパーがいるならお願いしたい!」と。

このタイミングを逃してはと、すぐに男性ヘルパーを依頼。

本人の素顔が見られた!

長年、他人を受け入れることなく生活してきた夫婦だけに、強引に援助を行うことはせず、少しずつ時間をかけながら、納得した上でケアをしていくことを決めました。

前職で、施設の介護員をしていたベテラン男性ヘルパーの、適切な声かけや援助への誘導のお蔭で、1ヶ月後には本人の色白の素顔を見ることができました。

要介護5で寝たきりの利用者は、この男性ヘルパーの介助により立ち上がり、つかまり歩行ができることが確認できました。

恐らく誰もが、寝たきりであると信じ込み、本人の能力をしっかり見抜くことができなかったと、私自身も貴重な勉強をさせてもらいました。

まとめ

その後も、車いす介助で理容院に行き、外科で爪を切ってもらい、驚くほど本人の状態が改善され、妻の笑顔も見られるようになったので、利用者にとって良い援助が出来たのではないかと思っています。

介護支援専門員(ケアマネージャー)業務を始めた頃は戸惑いの連続

平成12年4月からの介護保険制度の実施に伴い、介護サービスも大きく変化しました。

新米ヘルパーからスタートし、数々の失敗を繰り返してきた私も、介護の経験を積んでいく中で、介護福祉士・介護支援専門員の資格を取得し、介護保険制度を迎えました。

前年度には、利用者への直接援助と並行して、介護保険には欠かすことのできない、介護度を決めるための認定調査業務も担当しましたが、介護保険スタート以降は、新たなケアマネージャー業務への挑戦です。

介護保険スタートにあたり、在宅系サービス、施設系サービスともにその種類や数が大幅に増えました。

利用者自身が、自分でサービスや事業所を選べる時代になったこと、また介護職も、在宅、施設ともにサービスの種類や数が増えたことで、職場を選ぶ選択肢が広がったように感じました。

しかし、実際にはそんなに甘い話ばかりではなかったのです。

介護保険スタート当初の混乱

介護保険はスタートしたものの、当時まだケアマネージャーという資格自体もできたばかり。

誰もがみな研修は受けたものの、ケアマネ業務未経験の中で、見切り発車をしているような状態が続きました。

認定を受け、担当した利用者を、すぐに必要なサービスに繋げたくても、実際にその利用者の住んでいる地域には、まだそのサービスがないか、あっても数少ないため長期間待機状態ということも多々ありました。

また、介護保険以前(措置の時代)からサービスを利用している方々にとっては、以前と比較してサービスの回数が減ったり、援助内容の変更等への不満もあり、その都度介護保険制度の説明に追われる日々。

実際、介護保険は「契約」に基づいて行うサービスであるため、自宅に訪問して介護保険の説明を始めた途端「うちでは他の保険には入っているから、新しい保険は必要ない」と言われ、苦笑いしたことも。

私は、保険の営業と間違えられていたのでしょうか。

このような混乱は、利用者やケアマネージャーだけに限らず、サービスを提供する事業所側でも起こっていました。

せっかくサービスの申し込みがあっても、また支援体制が整っていない、受け入れるだけの介護職の人材確保ができない等の理由から、せっかくの依頼を断らなくてはならないこともあったと聞いています。

まとめ

施設、在宅を問わず介護保険制度では、利用者がそれぞれの能力に応じて、可能な限り自立した生活を送ることができるようにする支援する「自立支援」が掲げられました。

しかし、当時の実際の介護の現場で、それが浸透するまでには、かなりの時間を要すると感じたのは、私だけでしょうか。